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東京高等裁判所 平成11年(ネ)3474号 判決

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1 原判決を取り消す。

2(一) (主位的申立)

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

(二) (予備的申立)

(1) 被控訴人は、控訴人甲野太郎に対し、金一二一〇万円及びこれに対する平成五年六月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 被控訴人は、控訴人乙山松夫に対し、金六〇五〇円及びこれに対する平成五年六月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項同旨

第二  被控訴人の請求及び事案の概要等

一  総説(原判決の引用)

控訴人らの本訴請求の内容並びに本件の事案の概要及び当事者双方の主張は、次項以下に訂正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第一 事案の概要」、「第二 原告らの請求」及び「第三 当事者の主張」に記載されたとおりであるから、右各記載を引用する。

二  原判決の記載の訂正

原判決九頁三行目から四行目にかけての「本件土地建物の登記名義を、」を「本件土地建物の登記上の所有名義を、」に、同一〇頁三行目の「賃借権設定仮登記手続をした。」を「賃借権設定仮登記をした。」に、同一五頁三行目から四行目にかけての「埼玉県黒磯市」を「黒磯市埼玉」に、同一六頁七行目の「鍋を煮立てる」を「鍋を加熱する」にそれぞれ訂正する。

三  当審における当事者双方の主張

1 控訴人らの主張

本件の争点は、原判決が摘示するとおり、本件火災が控訴人甲野の故意行為により生じたものであるか否かであるところ、原判決は、「弁論の全趣旨によれば、被告(被控訴人)は、黙示的に原告(控訴人)甲野の重過失をも主張しているものと判断される。」とした上で、本件火災が控訴人甲野の重過失によるものであることを認定し、控訴人らの請求を棄却する判決をした。しかし、原審において、被控訴人は、一貫して控訴人甲野の故意による免責のみを主張していたのであって、控訴人らも、専ら、右の被控訴人の主張、立証に対して反論するなどの訴訟活動をしてきたのである。ところが、原裁判所は、被控訴人に対して重過失の点の主張をするか否かについて釈明もせず、したがって、控訴人らに右の重過失の点について反論の機会を与えないまま、口頭弁論を終結し、右のような判断をしたものであり、この点で、違法な判決であるといわざるを得ない。当審において、被控訴人が控訴人甲野の重過失を改めて主張するのであれば、控訴人らの審級の利益が奪われることとなるので、本件を一審の東京地方裁判所に差し戻すべきである。

2 被控訴人の主張

被控訴人は、本件において、控訴人甲野の重大な過失によって本件火災が発生したことを理由とする免責の主張はせず、控訴人甲野の故意による火災であることを理由とする免責のみを主張するものである。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおりである。

なお、前記のとおり、被控訴人は、当審において、本件火災の原因が控訴人甲野の重大な過失によるものであることを理由とする免責の主張をしないことを明らかにしているから、本件の争点は、専ら、本件火災が控訴人甲野の故意により生じたか否かの点に限られることとなる。

一  前提となる事実

1 本件火災の発生と本件契約における免責の約定

本件火災の発生の事実については当事者間に争いがなく、また、《証拠略》によれば、本件契約が住宅総合保険普通保険約款が適用される契約であり、同約款二条1項(1)号には、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失により発生した損害については保険金を支払わない旨の約定があることが認められる。

2 控訴人甲野の生活状況、本件火災の発見状況等

控訴人甲野の本件火災前の生活状況、経済状況等については、原判決が「事実及び理由」欄の「第四 当裁判所の判断」の項の二1(一)(原判決二六頁末行から三六頁九行目まで)で、本件火災当日の控訴人甲野の行動及び本件火災の発見状況については、原判決が同二1(二)(原判決三六頁一〇行目から四三頁二行目まで)でそれぞれを説示するとおりであるから、右各説示を引用する。ただし、原判決二七頁一〇行目の「の土地」を「土地」に、同三八頁七行目の「埼玉県黒磯市」を「黒磯市埼玉」にそれぞれ改め、同一〇行目の「軍鶏鍋は鳥肉の油が濃く、油鍋のように危険になることがあった。」を削除する。

3 本件火災の出火から鎮火に至るまでの状況等

本件火災の出火から鎮火までの本件建物の延焼の状況等を検討すると、本件火災当日の午後七時三二分よりわずか前、本件建物の約二〇〇メートル北側に居住する甲山一夫が、同人宅において本件建物が炎と煙を噴き出して燃えている状況を視認していることは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりである。また、同日の午後七時三七分より数分前頃に、本件建物の約一〇〇メートル南側に居住する戊野五郎が、同人宅の近くで、本件建物付近から黒煙が上がっている状況を発見しており、同人から電話で連絡を受けた甲原は、直ちに約二〇〇メートル離れた本件建物を徒歩で二、三分かけて見に行ったところ、本件建物の台所、居間がある西側の室内が炎で真っ赤になっており、軒下のところどころから炎や煙が噴き出している状況を目撃している。

二  本件火災の原因について

1 前記の前提となる各事実、殊に、控訴人甲野が本件建物から退出した午後七時ないし七時五分頃から約三〇分程度後には、近隣居住者によって本件火炎が発見されて消防署に通報されており、しかも、その時点での本件火災の状況は、既に本件建物から煙や炎が吹き出す状態にまでなっており、本件火災によって、午後七時四四分から開始された放水を最初に受けた建物の西面壁を除き、二三六・八三平方メートルの本件建物全体が消失しているが、本件火災当日の湿度は六八パーセントであり、時期的にも本件建物の建材等が特別乾燥していたものとは考えられないことからすると、右の控訴人甲野の本件建物からの退出時から後の火のまわりは、相当速いものであったことが認められる。

2 ところで、本件火災により、本件建物は、台所の天井・屋根等が焼け落ちて吹き抜けている状態であり、ガスコンロ付近の焼けが強く、その上方に設置されていた釣り戸棚及びフード付換気扇等が焼け落ち、台所内に焼けた物が散乱し、台所の床板が焼け落ちており、殊にガスコンロは焼けが強く、ガスコンロ内に金属物等が溶融しているのが見られたことからすると、本件火災の火元は本件建物の台所であったものと考えられ、その場合、発火原因として可能性が高いのは、ガスコンロの火であるものと認められるところである。

3 しかしながら、関係者の供述からうかがえる当日のガスコンロの使用状態に近い状況を再現し、直径三三センチメートルのアルマイト製の鍋に軍鶏等を三分の二程入れた状態でガスコンロに掛け、これを最大の火力で加熱する実験を行った結果によれば、加熱開始後五時間を経過した後でも、鍋自体の溶解はもとより、鍋がガスホースに損傷を与えるような高熱を帯びるまでには至らなかったことが認められるのであり、むしろ、右のような鍋が空だき状態となってからでも、コンロ周辺の壁等の表面のステンレスあるいはタイル材を通して下地木質部分を過熱するようになるまでには、一時間以上もの時間を要するものと考えられるのである。

そうすると、本件火災当日の午後七時過ぎ頃、控訴人甲野あるいは乙川がガスコンロの火を点けたまま本件建物を出たとしても、その後約三〇分程度の時間内に右のガスコンロ上の鍋の溶解や鍋の過熱が発生し、そこから出火したと考えることには無理があるものとせざるを得ない。そもそも、確かに、ガスコンロの左側バーナー付近に金属の溶解痕が見られるものの、火災現場には形を保ったままの鍋が残っており、控訴人甲野がこれを軍鶏鍋をしていた鍋であると指示説明していることに照らすと、右の溶解痕を軍鶏鍋に用いた鍋が溶解したものとすることには疑問があるところである。

4 また、当日本件建物の台所にいた丁川、乙川及び丙原が吸ったタバコの火の不始末が本件火災の出火原因となったことをうかがわせる証拠はなく、さらに、本件火災において、爆発により物が飛散した状況は認められないから、これをガス爆発による出火とすることも困難なものというべきである。

結局、本件火災の出火原因としては、ガスコンロの火が考えられるものの、それが、具体的にどのような経過、経路をたどって前記のような短時間での激しい火災の発生に至ったかの点については、これを明らかにする証拠がないものといわざるを得ないものというべきである。

三  控訴人甲野の故意について

他方、《証拠略》によれば、本件建物は、市街地から約七キロメートル離れた農村地帯にあり、本件建物の周囲は田や林に囲まれ、周囲約一〇〇メートルに他の住宅はないことが認められる。右のような地理的状況からすると、前記のとおり本件火災当日の午後七時過ぎ頃に控訴人甲野が本件建物から退出した後約三〇分程度の時間内に、他の第三者が本件建物に侵入して本件火災を発生させたという可能性は、これを否定せざるを得ないところである。さらに、本件建物が無人状態となってから三〇分足らずの短時間で、台所、居間付近では屋内が火の海となり、煙や炎が軒下から吹き出すような状態になったことが認められるのであり、このような本件火災の状況や、前記認定のような本件火災の原因に関する各般の事実関係からすると、これは、関係者の何らかの過失によって引き起こされたものとは考え難く、むしろ、右の控訴人甲野が本件建物から退出するのと近接した時点で何らかの方法によって前記のガスコンロの火を利用した人為的な放火行為によって引き起こされたものであることが推認できるものというべきである。

また、前記引用に係る原判決の説示(原判決三四頁九行目から三六頁九行目まで)にあるとおり、控訴人甲野は、本件火災当時、多額の債務を負っている一方、本件土地建物以外には見るべき財産を有していない状況にあったのであり、しかも、控訴人甲野が本件建物を取得するに至った経緯は、前記引用に係る原判決の説示にあるような甚だ不明朗なものであり、さらに、《証拠略》によれば、本件建物の建築請負代金は三六〇〇万円であることが認められるところ、本件火災当時のその価値は、この建築請負代金額を大幅に上回るものではないものと考えられ、本件で控訴人らが請求している保険金額をかなり下回るものであることが認められるのである。これらの事実からすると、控訴人甲野には、本件火災を人為的に発生させるについて相応の動機が存在するものというべきである。

そうすると、本件火災は、控訴人甲野自身あるいはこれと意を通じた関係者、すなわち当日軍鶏鍋を囲んで飲酒していた仲間である丁川、乙川、丙原らが、共謀の上で人為的に発生させたものであることが推認できるものというべきである。したがって、被控訴人は、前記の住宅総合保険普通保険約款二条1項(1)号の約定の定めにより、控訴人甲野に対する保険金支払義務を免れ得ることとなる。

四  結論

以上によれば、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく、控訴人らの本件請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないこととなるから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山 宏 裁判官 合田かつ子)

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